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イーハトーブのGW その3

三陸では、復興して元気に走る三陸鉄道を見たいと思っていました。そしてもちろん、賢治詩碑を訪ねたいと思いました。震災の津波で被災した田野畑村の3つの詩碑「発動機船 一」「発動機船 第二」「発動機船 三」。震災後、そのエピソードが様々なメディアに取り上げられ紹介されていました。

「発動機船 第二」は、三陸鉄道北リアス線のカルボナード島越駅前にありました。
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震災から4年余り、三鉄が全線復旧して一年となり、島越駅もクウェート国他様々な支援で新しい駅舎が完成し、多くの人々で賑わっていました。駅の運営は地元の方々が担っていて、電車が着くたびにホームで乗客を温かく迎えている姿が印象的でした。
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賢治の詩碑は?とお聞きしたら「全部流されたけど詩碑だけはそのまま残っていた」というお話…心にじ~んときました。そしてその姿は…破損した箇所もありながら堂々と建っていて、思わず涙が出ました。建立当初、計画されていた向きを変更して建てたため、波にさらわれずに残ったのだそうです。
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隣の駅、カンパネルラ田野畑駅前の「発動機船 三」も、すぐそこまで波が来ながら難を逃れたとのこと。2つの詩碑は、賢治生誕百年を記念して、地元の方々が田野畑の先人の姿を賢治さんの言葉に重ね、未来への願いをこめて建てたものでした。

そして「発動機船 一」の所在を田野畑駅で尋ねたら、港に近い場所に個人の方が思いをこめて建てたものだが、波にさらわれ後に発見され、今は持ち主のところに戻ったとのこと…とにかく無事だったことに安心しよかったと思っていたら、何の巡りあわせかその詩碑にも出会うことができたのです!あまりにも偶然なことに、これは賢治さんのご縁だと思いました。
詩碑との出会いをしみじみうれしく思い、「あまちゃん」の舞台となった三陸鉄道が元気に走っている姿を眺めながら、私自身がパワーをたくさんもらいました。
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でも、震災から4年経っても土地の嵩上げや防潮堤の工事はまだまだこれからで、多くの方々がふるさとに帰ることができないでいます。それなのに、遠くに住んでいるともう復興したかのような気になっている…自分の認識不足を改めて反省しました。どこにいても忘れずに、思いを馳せること…。これからも続けていきたいです。
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by kira_hoshi | 2015-06-14 07:50 | 希望郷いわて
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