カテゴリ:本を読む( 24 )

与謝野晶子の詩と童話

5月の「朗読お茶会」では、今年できたばかりの宇治の新茶を、宇治香園の小嶋さんが淹れてくださいました。じっくり水出ししたお茶は、濃厚な緑のシロップのよう。そして、その茶葉は、苦味がおいしい早春の木の芽のよう。生命の息吹を味わいました。
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そして今回は、与謝野晶子の詩「5月礼賛」からスタート。晶子は5月が大好きだったそうで、読みながら私も改めて5月が好きになりました。
童話「金魚のおつかい」「金ちゃん蛍」などは、枕元で子どもにせがまれながら話して聞かせている晶子の姿が頭に浮かびます。そして、詩「アウギュストの一撃」「日曜の朝飯」なども幸せな一家の様子が感じられるのですが、それと反対に詩「冷たい夕飯」は、一家の苦しい経済状況がうかがえます。お金がなくとも、子どもたちに大きな愛情をそそぎ、教育を与えた晶子の、母としての一面は歌人の晶子とは違う印象と思いました。
また、詩「モンソオ公園の雀」は、パリにいながら日本の子どもたちへの思いが綴られていて、胸が締め付けられるようです。
以前、鉄幹のふるさと与謝野町の江山文庫や晶子の故郷、堺市の与謝野晶子文芸館を訪ねて、かねがね晶子を朗読したいと思っていました。今回、童話と詩を合わせて読んでみて、とても勉強になりました。お越しの皆さん、ありがとうございました!

さて、朗読お茶会の赤ちゃんスタッフさんは、1歳を過ぎていつの間にか…歩いてました!それどころか、町家の急な階段をよじ登り…(この日、階段初登りだったそう・拍手!)子どもの成長の何と早いことでしょう。
そんな姿を見ながら晶子童話を読むのは、なんだかとても心に感じるものがありました。
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by kira_hoshi | 2013-05-30 20:28 | 本を読む

南吉のふるさとを訪ねて その2

新美南吉記念館は、「ごん狐」のおはなしの中山に建てられています。
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f0135222_21332279.jpgガイドさんに案内して頂きながら、「ごん狐」の草稿には若衆蔵という昔あった蔵が出てきたりラストが少し違うということを聞いたので、ますます関心が深まって記念館までやってきました。が、まず地元の方々が作った竹のごんに迎えられてびっくり!

そして、でんでんむしのような記念館…。どこから入るの~?
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館内の通路もでんでんむしの通り道のような(私的な感想ですが…)雰囲気になっていて、とてもわくわくしました。そんな童話の世界を夢とすれば、現実の南吉の人生は知れば知るほど重く感じました。病気や窮乏、失望の中から生み出された童話は、とても深い意味を持っていると思います。記念館では、南吉童話の根底にある思いを感じることができました。

そして記念館の裏には童話の森もあって、ごん狐を訪ねてお散歩もできます。春らしい、うららかな日にぴったりのお散歩コースでした。
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帰り道、南吉の養家にも立ち寄りました。
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南吉は、生母の実家、新美家に8歳で養子に行っているのですが、寂しさに耐えられずすぐに渡辺家に帰されたのだそうです。南吉が晩年、その記憶をもとに書いた童話「小さい太郎の悲しみ」は、とても心に沁みます。小説「帰郷」や「雀」も、南吉の人生を訪ねた後で読むと、味わいが違いました。
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養家の後ろには田畑が地平線まで続いていました。この場所で、幼い頃の南吉は悲しみや寂しさがいつも離れなかったと思うと心がキュンとしました。
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南吉が通った岩滑(やなべ)小学校は、卒業生が毎年描くすてきな壁画でにぎやかでした。
それにしても、生家や養家が残され、秋になると童話の舞台が彼岸花で埋めつくされ…南吉さんもさぞよろこんでいることでしょう。地元の方々の南吉を想う気持ちは、この日のお天気のようにやさしく温かく、ほのぼのした気分で帰途についたのでした。
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by kira_hoshi | 2013-04-28 21:36 | 本を読む

南吉のふるさとを訪ねて その1

「ごん狐」や「手袋を買いに」など、こどもから大人まで心に残る童話を書いた新美南吉。今年は、その南吉の生誕100年、没後70年・・・。そこで、春の一日、南吉のふるさと愛知県半田市を訪ねました。

半田市までは、京都から新幹線と名鉄を乗り継ぎ1時間半ほど。あっという間に、広々とした田園風景のごん狐の里に到着しました。迎えてくださったのは、新美南吉顕彰会のボランティアガイドさん。地元の方からお話を聞きたくて、ご案内をお願いしました。
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名鉄半田口駅からすぐのところ旧街道沿いに、南吉の生家があります。一時人手に渡りましたが、当時のままに復元されて昭和62年から公開されているそうです。
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家の半分は父・多蔵の畳屋さん、
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もう半分は継母・志んの下駄屋さん。
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お父さんとお母さんは一生懸命働いて、南吉を東京外国語学校まで進学させたのだそうです。

表から見ると平屋の家なのですが、傾斜に建っているので裏から見ると地下(1階)に住居部分があり、台所やお風呂、居間がありました。
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そして家の向いに常夜灯が。
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「花を埋める」に出てくるこの常夜灯は、当時のままだそうです。

「狐」に出てくるお祭りはこの八幡社の祭で、この春も境内に山車が出てにぎやかに行われたばかりでした。すぐ近くに、南吉が療養したはなれの家の跡もありました。
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童話の舞台になっている常福院や光蓮寺も訪ね、南吉にますます興味が湧いてきました。
それにしても、ガイドさんから聞くお話はとてもわかりやすく、また地元の方ならではの親しみが感じられ、南吉の世界にぐっと近づいたような気がします。南吉のふるさとでは、人も南吉の童話の世界のように、やさしく温かくて…心がとても安らぎました。
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by kira_hoshi | 2013-04-22 20:49 | 本を読む

「鈴木哲雄詩集」

一昨年、静岡国文祭の「現代詩大会」に出演させて頂いた時、名古屋市在住の詩人、鈴木哲雄さんの詩に出会いました。鈴木さんの詩の世界は、言葉の物語と響きの美しさがあり、心がす~っとひきつけられて、情景がはっきりと心に浮かんできます。声に出したとき、とても素直な気持ちになれるのです。
「神様だって」「ソラの風」の二篇を朗読しながら、作者はどんな方かしらと想像をめぐらせていたのですが、ご縁があって最近、直にお声をお聞きし、お声から温かく誠実なお人柄を感じました。あたたかいまなざしで綴られた言葉とお声が、私の心の中でぴたっと重なりました。
こんな出会いは、すてきなことですね。
めまぐるしい日々の中でこそ、こうした出会いを大切にしなければいけないです。
「自分のことで忙しい病」になっていた自分を反省・・・。

先日、京都の小学校の先生方とお話する機会があり、「ソラの風」を朗読させて頂きました。皆さんに鈴木さんの言葉と出会って頂きたくて・・・。こうして出会いがどこまでも広がっていけば、本当にすてきなことですね。
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「鈴木哲雄詩集」(土曜美術社出版販売) / 「神様だって」(樹海社)
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by kira_hoshi | 2011-01-27 09:32 | 本を読む

村上春樹「1Q84」

気がついたら・・・祇園祭の山鉾巡行が終わっていました。(笑)というくらい、バタバタしていましたが、実はこの頃電車に乗る時間が長かったので、遅ればせながら「1Q84」を読み始めたところ、どんどんストーリーに引き込まれ、車中で居眠りするヒマもなくBook1を読み終えました。
村上春樹さんの小説は、大学時代によく読みました。中でも、「ノルウェイの森」は転居する度に引越し荷物に入れ、京都にも持ってきています。でも、本棚の奥に入れてすっかり忘れていました。
久々に村上さんの文章を読み、学生時代のことを思い出すとともに、一層引き付けられるものを感じています。これからBook2に入ります。感想はいずれまた・・・。
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by kira_hoshi | 2009-07-20 17:22 | 本を読む

万城目学「鴨川ホルモー」

「ホルモー」って何か、知っていますか?ホルモンではなくて・・・ホルモー!
映画化もされ、よくご存知の方も多いと思いますが、「ホルモー」は・・・そう競技なのです。
今話題の京大出身の作家、万城目学氏による鬼を使った架空の競技!
若者に人気のこの本、気になっていたのですが、なるほど、言葉のリズムやテンポ、場面転換のスピード・・・そして、恋・友情・得体の知れないホルモー・・・おもしろいです(笑)!
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京都に住んでいれば、お馴染みの場所がたくさん出てくるので情景も頭に浮かぶし、声に出して読みたくなります。ノリノリになると、思わずテンション高くなりそうです。でも、私にはちょっと難しいかな・・・このテンポについていけないかも。(笑)
もう一人、京大出身の作家・森見登美彦氏の「夜は短し歩けよ乙女」も以前読みましたが、こちらもちょっと奇想天外なところがあって、転換が早い。そう、デジタル的なのです。パッパと切り替わり方がとても早く、読みながら自分の頭には浮かぶのですが、朗読して聴き手に伝えるには工夫をしないと。う~ん、アナログな私にはそれが難しい・・・。でも、今度、挑戦してみようかしら・・・。
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by kira_hoshi | 2009-05-25 20:56 | 本を読む

松居直さん講演会

さて、帰り道、まずは千葉県に寄り道。目的は、福音館書店の創業以来たくさんの素晴らしい絵本を編集してきた松居直さんの講演会!実は、私、松居さんの著書を読ませて頂いておりまして・・・特に、近著「声の文化と子どもの本」は、本に向かって何度も頷きながら読みました。ですから、実際にお話をお聞きするのをとても楽しみにしていたのです。

お話は、ご自身のこども時代の体験から始まりました。「コドモノクニ」「赤い鳥」の北原白秋や西条八十の詩を、声に出して日本語の美しい響きを楽しんだこと・・・その日本語は母からもらった母語である。母から命をもらい、その命を支える言葉をもらった。決して国からもらったわけではない、だから「国語」ではなく「日本語」という教科名にしては・・・という提案で「にほんご」(福音館書店)という私案の教科書を、安野光雅さん・大岡信さん・谷川俊太郎さんと一緒に作ったこと。そして、大きく頷いてしまったのが、「聴くことが読書の基本」という言葉です。高校生の読書力が落ちているのは、小さい頃から耳で聴くということがなくなっているから。機械の言葉でなく、人間の言葉の中でこどもを育てるべきだと。テレビやビデオの一方通行の機械の言葉では、聞く力が育たないというのです。さらに、「こどもに本を読むことは無償の行為、下心があるとこどもにわかってしまう」・・・そうなんです、本当に。絵本は親子がふれあいを楽しむことが一番。「こんなに読んであげたのに・・・」と思っても、見返りなし。また、「勉強のために」なんて思ったら、それがこどもに伝わってしまうのです。
今、小学校や図書館で読み聞かせが盛んですが、それはこどもたちにとって貴重な時間だと改めて思いました。休み時間などに、お母さんや地域のボランティアが読んでくれる本の時間。読み手も聞き手も、ただひたすら物語の世界を楽しみ、声を出したり聴いたりする心地よさを味わっているのではないでしょうか?こんな時間が、きっと「生きる力」を与えてくれるものになるのです。

私自身も小学校で本を読みながらいろいろなことを考えますが、とにかく私は「本のお使い」(花巻で命名されました!・笑)であり続けたいと思います。ただただシンプルに、本の中の言葉を声に出して届けたい。いつも楽しく・・・。
今回、松居さんにお会いすることができて、本当に幸運でした。松居さんは、想像以上に上品でダンディーな・・・そして知的なユーモアのセンスを持ったすてきな紳士で、1時間半の講演は夢のような時間でした。また、ぜひお話を伺う機会がありますように・・・。
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by kira_hoshi | 2009-02-13 22:42 | 本を読む

川端康成「雪国」

新年初めての「朗読お茶会」、無事終了しました。
年明け早々のお忙しい中、お越しの皆さん本当にありがとうございました!
「朗読お茶会」で「雪国」を読むのは5回目。毎年、雪の季節に読みたくなってしまいます。
そして、何度読んでも、難しい・・・。今年は、例年通り冒頭の部分と、初めてクライマックスの部分、そして「葉子」に関する部分を抜粋して1時間にしてみました。この物語には、主人公の島村を中心に「駒子」と「葉子」という二人の女性が出てきます。駒子には松栄さんという実在のモデルがいて、作品の舞台である新潟県南魚沼市湯沢町に行くと、高半ホテルに川端が逗留した部屋が残され、松栄さんに関する資料も展示されています。ですから、駒子の人物像は想像するヒントがあるのですが、葉子は・・・一体どういう人なのか・・・。でも、私はなぜか葉子の方に魅かれます。
それにしても、「雪国」は、36年間14回にわたって発表され最後は作者71歳の時だったというのは驚きです。有名な冒頭部分も、「雪国」という題名も、後からできたものだそうです。
川端康成にとって、よほど思いの深い作品だったのでしょう。
そう考えると・・・私などにまだまだ理解できるものではありません。
来年も、また読みたいと思います。
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by kira_hoshi | 2009-01-04 23:47 | 本を読む

与謝野晶子と「源氏物語」

先日、大阪の堺市で仕事があった際、かねてより気になっていた与謝野晶子文芸館を訪れました。5月に与謝野町の江山文庫に行ってから、いつか行こう行こう、と思っていたのです。(その時、江山文庫の写真をUPしていなかったので遅ればせながら今・・・!)
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江山文庫は見晴らしの良い静かな山の上にありましたが、文芸館はJR堺市駅の真ん前ビルの中。少し味気ない気がしたのですが、中に入ってみると展示がとてもよかったのです。
晶子の生活が感じられる家具の展示、11人の自分のこどもたちのために書いた童話・・・そしてなんと晶子の肉声が入ったレコード!!
「組曲 源氏物語」(コロムビアレコード)と題名がついていて、3枚組みです。これには、晶子自身の源氏物語原文の朗読と晶子が詠んだ歌が録音されているのですが、その音声がCDに再生されていて聞くことができるのです!58歳の時の録音なのですが、源氏物語原文は淡々と朗読しています。「源氏物語」の晶子訳は他の作家に比べて淡々としていると感じていたのですが、まさにその訳のように・・・。(私、去年から取り組んでいる「言葉と音色の響き 源氏物語」では、晶子訳を朗読しています。私にとっては、淡々としたところがとても心に入りやすく、声に出しやすいのです。)
ところが、その後に録音されている歌「源氏物語礼賛」は、五七五七七の中に晶子の想いがたくさんあって、それを読む声にも情感が溢れています。節というよりはメロディーのようなその読み方は、晶子独特のものなのだそうです。新鮮な感動でした!
また原文にはカルテットのBGMがついていて、晶子の朗読を盛り上げています。和楽器ではなく、西洋の楽器がなんだか妙に合っているのですが、この時代(昭和11年)にはとても新しいことだったのではないでしょうか。とても興味深く聞かせて頂きました。生涯三度に渡って「源氏物語」を訳し続けた晶子。文字ばかりでなく音の訳も、残していたのですね。
それにしても、肉声というのはすごい力を持っています。それまでは写真と作品から想像していた晶子の姿が、もっと具体的に浮かんできました。とても貴重な資料だと思います。
今年は晶子生誕130年。130年前に生まれた人の肉声を聞けるなんて・・・すごいことではありませんか!
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by kira_hoshi | 2008-10-08 23:12 | 本を読む

韓国の昔話「あまがえるさん なぜなくの?」

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「むかし、かあさんの いうことをきかない 
あまがえるのこが いました。
このこは だいの へそまがり。
かあさんが なにをいっても
はんたいのことばかり していたのです。」(本文より)



韓国では、日本で言うあまのじゃくのような人のことを「あまがえるさん」と呼ぶのだとか。
「あまがえるさん なぜなくの?」(キム・ヘウォン/文 シム・ウンスク/絵 池上理恵 チェ・ウンジョン/共訳 さ・え・ら書房)は、その謎が解けるような昔話です。訳者の池上理恵さんから頂いたとき、表紙のかえるさんのあまりのかわいさに微笑んでしまいました。裏表紙の後姿も、またかわいいんです!
全体にリズムがとてもよくて、歌のように心地よいです。何度もこどもたちに読んでみて、皆が笑いのツボに入るところもわかってきました。でも、その笑いが盛り上がった頃、ちょっと悲しい結末が・・・。大人にはじんときます。小さなこどもにはその結末がまだ理解できないかもしれませんが、いつかわかる日まで心の中にしまっておいてくれるといいな。自分でその意味に気がつけば、より深く心に残る物語になりますものね。池上さんが韓国で原作を見つけ、惚れこんで訳した日本語訳はとても温かく、読んでいて優しいあまがえるのかあさんの気分になります。
こどもがへそまがりになっている時、親子で読むと優しい気持ちになれそう・・・。
(こどもだけでなく、大人のへそまがりにも効きそうです・・・)
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by kira_hoshi | 2008-10-01 23:25 | 本を読む